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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2340号 判決

主文

一  控訴人の当審における予備的請求のうち、九万七五八〇円及びこれに対する平成七年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を請求する部分を棄却する。

二  訴訟の総費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  被控訴人は、控訴人に対し、九万七五八〇円及びこれに対する平成七年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(当審における予備的請求のうち、最高裁判所から差し戻された部分)

2  訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

控訴人は、平成五年九月、被控訴人の詐欺による不法行為を理由として損害賠償請求訴訟を静岡地方裁判所沼津支部に提起し(同庁平成五年(ワ)第五二一号)、平成七年九月、請求棄却の判決を受けた。控訴人は、東京高等裁判所に控訴し(同庁平成七年(ネ)第四三四一号)、新たな予備的請求として、不当利得返還請求を理由とする九万七五八〇円と遅延損害金の支払請求を追加した。東京高等裁判所は、控訴人の控訴を棄却したが、右の予備的請求の一部を認容したため、被控訴人がその敗訴部分につき最高裁判所に上告をした(同庁平成九年(オ)第三五三号)。最高裁判所は、平成一二年四月、右の控訴審判決中被控訴人敗訴部分を破棄し、その部分を東京高等裁判所に差し戻した。これが本件訴訟である。

したがって、当審における審判の対象は、控訴人の主張する不当利得返還請求権の有無である(予備的請求のうち差し戻された部分)。

第三当事者の主張

一  控訴人の主張

1  控訴人は、潜水器材の開発と製造販売並びにダイビング講習等を業とする者であり、その業務の一環として静岡県沼津市内浦周辺の海域(以下「本件海域」という。)内の大瀬崎地先の海域において潜水を行っているものである。

2  被控訴人は、大瀬崎地先を含む本件海域において漁業を営む者によって構成されている協同組合である。

3  被控訴人は、大瀬崎地先の海域において潜水を行うダイバーに潜水整理券を購入させて潜水料としてダイバー一人につき一日当たり三四〇円を徴収しているが、控訴人は、ダイビング講習の受講生を伴うなどして大瀬崎地先の海域において潜水を行った際、平成元年九月一六日から平成五年五月一〇日までの間、少なくとも二八七枚の潜水整理券(以下「本件潜水整理券」という。)を被控訴人から購入して合計九万七五八〇円を支払った。

4  しかし、被控訴人がダイバーから潜水料を徴収することについては何ら法律上の根拠を有しないものであり、被控訴人は法律上の原因なくして右九万七五八〇円を利得したものであって、控訴人は同額の損失を被ったものである。

5  よって、控訴人は、被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、右九万七五八〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年九月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人の主張

1  被控訴人が潜水整理券を発行して大瀬崎地先の海域において潜水を行うダイバーから潜水料として一人一日当たり三四〇円(内消費税一〇円)を徴収していることは認めるが、それが何ら法律上の根拠に基づかないものであることは否認する。

2  控訴人が被控訴人から潜水整理券を購入して代金を支払うことにより、被控訴人と控訴人との間には、「被控訴人がその組合員をしてその日一日は潜水スポットでの漁業操業を控えさせ、他方、控訴人は、それによってその日一日は潜水スポットで自由に安全な潜水を行うことができ、その対価として、控訴人は被控訴人に潜水料を支払うものである。」との合意が成立したものであり、控訴人もそのことを承知した上で本件潜水整理券を購入していたものである。

そうとすれば、被控訴人が控訴人から潜水料の支払を受けたことは何ら不当利得とはならないものである。

3  そして、被控訴人がダイバーから潜水料として一人一日当たり三四〇円の支払を受けることについては、次のような法的根拠があるから、右合意は有効であり、被控訴人が控訴人から右の潜水料の支払を受けたことは不当利得とはならないものである。

(一) 被控訴人は、大瀬崎地先を含む本件海域において共同漁業権を有している。漁業権は、一定の漁業をするために特定の漁場(水面及び水中)を排他的に支配する権利である。したがって、ダイバーが漁業権の対象となっている漁場内で潜水をすることは、漁業権の侵害となるものである。被控訴人が漁場の一部をいわゆる潜水スポットとしてダイバーに開放することは、とりもなおさず、被控訴人がその有する漁業権への侵害を受忍することにほかならず、ここにダイバーから潜水料を徴収する法的根拠があるのである。

なお、被控訴人がダイバーから徴収する潜水料三三〇円(消費税を除く。)の内の二一〇円は、安全対策費、漁場管理費、遭難対策費、漁業補償費に充てられており、現に潜水スポットの近くに設置されている江梨地先漁民の小型定置網二張分に対して年間五〇万円の漁業補償費が支払われている。

(二) 寛保元年(一七四一年)の律令要略には、「一 磯猟は地附根附次第也、沖は入会。 一 小猟は近浦之任例、沖猟は新規にも免之例あり。 一 海石或浦役永於納之は、他村の猟場たりとも、入会候例多し」と定められており、右のうち、前二者の沖猟と磯猟の観念の区別は、明治漁業法の沖合の自由漁業ないし許可漁業と、沿岸漁業における免許漁業の観念との区別の起源になったといわれ、後者は、慣行によって他村の地先へも入漁することを法制化したもの(入漁業)とされている。

そして、現在における漁業権が沿岸部だけに限定して免許されているのは「磯は地付き」の思想を受け継いだものであり、根底には「一村専用漁場」の慣習が存在することを裏付けているのである。したがって、この慣習により、被控訴人の漁業権漁場において潜水を行う者は、潜水料を支払う必要があるのである。

4  仮にしからずとするも、本件海域においては、漁業権者たる被控訴人が発行する潜水整理券を購入して被控訴人が設定した潜水スポットで潜水を行うことが、既に平成元年四月ころにおいては事実たる慣習となっていた。

したがって、被控訴人が控訴人から潜水料の支払を受けたことは何ら不当利得とはならないものである。

5  なお、控訴人が平成元年四月八日から平成五年五月四日までの間に購入した潜水整理券は二三枚にすぎず、それは金額にして七八二〇円であり、その余の潜水整理券は他の者が購入した潜水整理券である。

三  控訴人の再主張

1  被控訴人が右「被控訴人の主張」の3で主張するような合意が被控訴人と控訴人との間で成立したことはない。

2  本件潜水整理券の中に同日付けのものがあるのは、控訴人がダイビング講習の受講生を伴うなどして潜水した際に、控訴人が受講生の分の潜水整理券をも併せて購入するなどしたからである。

第四当裁判所の判断

一  証拠(甲三の1ないし287、乙一ないし五、六の1ないし4、一三、一七、原審証人原田正敏、差戻前の控訴審証人田中克哲、原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和二四年九月に設立された協同組合であり、大瀬崎地先を含む本件海域において漁業を営む漁業者によって構成されており、本件海域において共同漁業免許を有している。

被控訴人が有している共同漁業免許に係る漁業は、第一種共同漁業がいせえび漁業、なまこ漁業、あわび漁業、さざえ漁業、たこ漁業、のり漁業、ひじき漁業、わかめ漁業、はばのり漁業、第二種共同漁業が磯魚刺網漁業、第三種共同漁業がいわし・しらす地びき網漁業、雑魚地びき網漁業であり、組合員において網漁具を敷設するなどして漁業操業をしている。

2  ところで、昭和五六年ころから、本件海域でスキューバダイビングを行うダイバーが多くなったため、ダイバーと漁船との接触のおそれやダイバーによる密漁をめぐってトラブルが発生するようになり、また、定置網漁業における被害も予想されるようになった。

3  そこで、昭和六〇年九月二一日、大瀬崎地先の海域を利用するダイバー並びに地元の民宿及びダイバーショップの各経営者で組織された大瀬崎潜水利用者会(後にその名称を「大瀬崎潜水協会」に変更した。)と被控訴人は、ダイバーが潜水できる場所として被控訴人が本件海域内に設定した第一海域、第二海域及び特定海域のみとすることを合意し、この三つの海域(潜水スポット)以外では潜水をしないこと、海水浴客並びに鮎の稚魚及び定置網を保護する必要から潜水スポットでの潜水時間を制限すること、大瀬崎潜水利用者会は右潜水スポットが被控訴人において漁業権を有する海域であることを十分に認識して漁業関係者の漁場管理及び漁業操業に支障を生じないようにすること、大瀬崎潜水利用者会は魚貝類等を採捕するなどの違法行為をするダイバーを発見した場合には指導を行いその排除に努めること、大瀬崎潜水利用者会は協定の趣旨を周知させるために印刷物を作成しダイビング業者などに配布するなどすること、等を内容とする協定を結んだ。

被控訴人の組合員は、右協定の締結後は右潜水スポットにおいて漁業操業をすることを差し控えており、この協定は毎年更新されて、平成元年四月ないし平成五年五月当時も結ばれていた。

4  被控訴人は、右協定締結後、大瀬崎地先の海域において潜水を行うダイバーから一人一日当たり三四〇円(消費税一〇円を含む。)の潜水料を徴収することとし、「潜水整理券」を発行してその販売を江梨地区の漁業従事者(被控訴人の組合員)で構成される江梨地先漁業会に委託した。

そして、被控訴人は、大瀬崎地先の海域において潜水を行うダイバーに対して、その者が大瀬崎潜水協会の会員であると否とにかかわらず、江梨地先漁業会から潜水整理券を購入して潜水スポットのみで潜水することを求め、潜水整理券を購入しない者に対しては右潜水スポットで潜水することを禁止する措置をとった。

5  平成二、三年当時、大瀬崎地先の海域には年間約六万七〇〇〇人のダイバーが訪れ、ダイビングシーズンには海浜がダイバーで埋め尽くされるような状態を呈した。

6  被控訴人は、潜水料から消費税を差し引いた三三〇円の内、大瀬崎潜水協会に運営費などとして三〇円を、江梨地先漁業会に販売委託費などとして九〇円をそれぞれ交付し、残る二一〇円について、定置網の設置業者への漁業補償費、安全を呼び掛ける看板や潜水スポットを示すブイの各設置、監視船の運航などの安全対策費及び漁場管理費、ダイバー遭難時に被控訴人による捜索を行うための遭難対策費などに一二〇円を使用し、あわび、ひらめ、たいの稚魚の放流事業等のための漁業振興費に九〇円(被控訴人に三六円、江梨地先漁業会に五四円)を使用している。

7  控訴人は、潜水器材の開発と製造販売並びにダイビング講習等を業とする者であるが、その業務の一環として大瀬崎地先の海域で潜水を行い、大瀬崎潜水協会の会員ではないものの、平成元年四月八日から平成五年五月四日までの間、合計二八七枚の本件潜水整理券を被控訴人から購入し、代金合計九万七五八〇円を支払った。

以上の事実が認められる。

二  不当利得の成否について

1  控訴人は、「被控訴人は、大瀬崎地先の海域において潜水を行うダイバーに潜水整理券を購入させ、潜水料としてダイバー一人につき一日当たり三四〇円を徴収しているが、それは何ら法律上の根拠を有しないものである。控訴人は、ダイビング講習の受講生を伴うなどして大瀬崎地先の海域において潜水を行った際、平成元年九月一六日から平成五年五月一〇日までの間、少なくとも二八七枚の本件潜水整理券を購入して合計九万七五八〇円を被控訴人に支払ったが、それは何ら法律上の根拠がなく、したがって、被控訴人は法律上の原因なくして右九万七五八〇円を利得したものであり、控訴人は同額の損失を被ったものであるから、控訴人は被控訴人に対しその返還を求める。」旨を主張する。

2  しかしながら、前記認定のとおり、控訴人は、たとえ潜水整理券を購入しなければ潜水を許してもらえないという事情があったにせよ、平成元年四月八日から平成五年五月四日までの間、合計二八七枚の本件潜水整理券を購入して代金合計九万七五八〇円を被控訴人に支払い、大瀬崎地先の海域で潜水を継続したものである。

そうとすれば、右事実に前記一で認定した事実を併せ考えると、被控訴人と控訴人との間においては、控訴人が本件潜水整理券を購入して代金を支払った各時点において、「被控訴人が潜水整理券の購入者である控訴人に対し前記潜水スポットでの潜水を許容して自己の漁業権への侵害を受忍し、かつ、被控訴人の組合員をしてその潜水スポットでの漁業操業をその日一日に限り差し控えさせ、もって控訴人の潜水の自由と安全を保障し、他方、控訴人においては、自己の潜水による被控訴人の漁業権への侵害に対する損害の賠償及び自己の潜水の自由と安全を被控訴人が保障したことの対価として、潜水料を支払う。」旨の合意が成立し、その合意(以下「本件合意」という。)に基づいて潜水料が支払われたものと認めるのが相当である。そして、控訴人もその内容を認識した上で本件潜水整理券を購入し続けたものと認めるべきである(控訴人も、本件潜水整理券を購入した際には、被控訴人が潜水料徴収の権利を持っているのだろうと思っていた旨を主張している。)。

3  そして、以下に述べるとおり、本件合意が無効とされる根拠はない。

被控訴人は本件海域において静岡県知事から免許された共同漁業権を有しているものであり、漁業権は免許で定められた公共の用に供する水面の特定の漁場区域において特定の種類の漁業すなわち水産動植物の採捕又は養殖の事業を排他的独占的に営むことができる権利であって(漁業法二条、六条)、漁業権は当然に漁業のために水面を使用する権能を含むものであるから、そうとすれば、漁業権者たる被控訴人は、漁業権が物権とみなされていることからしても(同法二三条一項)、その漁業権を侵害する者に対しては妨害排除及び妨害予防の請求並びに損害賠償の請求をすることができるものである。

本件海域における潜水は、たとえダイバーにおいて魚貝類の採捕を目的とするものではないとしても、それによって漁場を荒らし、漁業操業に支障や危険を生ぜしめ、漁獲量の低減など漁業に対して悪影響を及ぼすものであることは明らかであるから(原審証人原田正敏、差戻前の控訴審証人田中克哲、弁論の全趣旨)、そうとすれば、本件海域における漁業権者である被控訴人は、本件海域において潜水を行ったダイバーに対して、漁業権の侵害を理由に損害賠償の請求を行うことができるものというべきであり、また、本件海域において潜水を行おうとするダイバーに対しても、予め損害賠償の請求をすることができるものというべきである。

もっとも、あるダイバーの潜水によって具体的にどのような侵害が被控訴人の漁業権に加えられたかあるいは加えられるか、また、その潜水によって具体的にいくらの被害ないし損害が被控訴人に発生したかあるいは発生するか、ということについてはたしかにそれを認定することは困難であるが、しかし、だからといって損害賠償請求権そのものを否定するのは相当でなく(民事訴訟法二四八条参照)、それは損害額の認定の問題として解決すべきである。

そうとすれば、本件海域において漁業権を有する被控訴人は、本件海域において潜水を行おうとするダイバーに対して、その潜水により発生する漁業権への侵害及び被害ないし損害の発生を予め受忍してその対価として一定額の潜水料を請求し徴収することは許されるものというべきであり、その潜水料の額が著しく不相当でない限り本件合意が無効とされるいわれはなく、潜水料の徴収は法律上の根拠を欠くものとしての不当利得の問題は生じないものというべきである。

被控訴人が控訴人から徴収した潜水料は一人一日当たり三四〇円(内消費税一〇円)というものであり、これは決して高額であるとはいえずむしろ低額であるといえるから(なお、被控訴人が右の三三〇円をどのように使用しているかは、被控訴人内部の問題であり、それはダイバーから徴収する潜水料が相当であるか否かとは直接には関係がないというべきである。)、その金額の故に本件合意が無効であるということはできない。

4  以上の理は、仮に、被控訴人において静岡県知事から免許されて取得した漁業権を自由に処分することはできず、したがって、その漁業権の及んでいる本件海域の一部を勝手にダイバーに開放して漁業権への侵害を理由に潜水料を徴収することが法的にはできないとしても、変わるものではない。けだし、被控訴人が本件海域において漁業権を有しており、漁業のために水面を排他的独占的に使用する権限を有していることは前記認定のとおりであり、被控訴人はその使用権限の行使の一部を差し控えてダイバーに使用(潜水)させているのであるから、それはあたかも転貸を禁じられた賃借人が賃借物の一部を他人に転貸したときと類似するものであり、賃借人が転借人から転貸料を取得することが転借人との関係においては不当利得とならないのと同様に、被控訴人がダイバーから潜水料を徴収してもダイバーに実際に潜水をさせている以上ダイバーとの関係においては不当利得とはならないと考えられるからである。

結局、本件合意に基づいて支払われた潜水料は、被控訴人において法律上の根拠がなくして利得したものであるとはいえず、控訴人の前記主張は採用することができないものというべきである。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の当審における予備的請求のうち、最高裁判所から差し戻された部分は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 原田敏章 裁判官 木下秀樹)

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